2007年12月16日(日)
主人の入院顛末記 [生活/くらし]
主人が、右肩に腫瘍ができて、その摘出のために入院していたが、無事に帰ってきた。
思い起こせば、1年ほど前、右肩のわきに近いところに何かあるのを発見した。
私「これ何?」
主人「なんかできてんねん。」その時は、形も悪くなく血管腫か脂肪腫がガングリオンかで、そんなに気にとめないでいて、私もすっかり忘れていた。
ところが、10月ごろ久しぶりに見たら、とっても大きくなっているのに気づいたのだ。
私「大きくなってるやんか(゚ロ゚;)。」
主人「うん。最近大きいねん。」
「何で何もいわなかったん?」
「大事になるのがいややねん。」
「良性腫瘍と思うけど、絶対摘出せなあかんと思うから県尼で見てもらったら?そんなん、とったほうがいいに決まってるわ。」
「大げさになるのがいややし暇ない。手術にでもなったら大変やからいやや。」
ほんまに、いったい今さら何を言ってるのか思いながら、その後もしばらく、全く外科の先生に見てもらう気配もなく、私は強行手段にでた。
「これ以上、ほっといたら、私が県尼に電話して、ばんちゃん(主人の部下)か、藤原先生(心臓外科部長)に言いつけてやる。文句、言ってやる〜。」
それで、やっと、初めて外科受診した。
筋肉の近くなので外科ではなく結局整形外科に。
しかし、非常にめずらしい腫瘍で悪性も否定できず、県尼では無理でほおりだされ、古巣の市大整形外科に受診した。
生検したら、グレイドは低いが悪性とのことで軟骨肉腫だった。
結局12/5に入院して12/7に手術となった。
手術の日も私は、ふつーに仕事した。手術日が決まったときは、すでにインフルエンザワクチンの予約もたくさん入っていて、休むことはできなかったのだ。スタッフにも心配かけたくなかったので、えびすさんだけに言って、だまっていた。隠すつもりはなかったけど、だまってて、ごめんね。
私は、主人は絶対大丈夫という何か大きな自信があったのだ。反対に私の母は、とっても心配して夜も眠れないほど憔悴しきっていた。
12/7、大急ぎで仕事から病院に駆けつけたら、主人は「おなかすいた。」といって、ぱくぱく食べていた。私の代わりにその時間まで主人のご両親が付いていてくれた。本当にありがとうございます。私はだめな嫁ですね。
その後は毎日病院に行った。といっても、いっつも1時間ぐらいしかいないので、看護婦さんに
「奥さん、もー帰りはったんですか」と言われたらしい。
しかし、ほんとに無事に帰ってきてよかった。退院の日も私は仕事だったので、たった一人で荷物をまとめて帰ってきてくれた。
今回、仕事のしすぎで腫瘍になったわけではないが、主人は働きすぎだったと思う。
もし、腫瘍ができなくて、あのまま仕事してたら過労で倒れていたと思う。
それでも、12/14退院して、もう17日から仕事するらしい。
そういえば、昔、仕事に没頭しまくっていた主人に「私と仕事と、どっちが大事?」と聞いたことがあったっけ。
主人は、確か「そんなもん、全く次元が違うから比べられへん。」って答えてたような。
健康が一番だ。そして家族はとても大切だ。
それがとても身にしみた。
最後に主人が入院すると知って、主人の患者さんがくれた手紙に私はとても感動した(゜-Å) 。
その子は先天性心疾患で、何度も入院し手術しているのに、こんな励ましの手紙をくれたのだ。
坂崎先生
僕が入院した時はいつも
1.病気に負けないこと
2.あきらめないこと
3.必ず復帰することを心に決めてますので
先生もガンバってください。
Posted by さかざきひろみ at 19時49分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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